卒業論文作成メモ
卒業論文作成にあたり、参考文献の読書記録及びメモとして作成した。 卒論テーマは「体育会系人間の論理と行動様式」の予定。
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近代日本の社会変動と体育
戦前の体育は、明治維新以降の西洋化、富国強兵、殖産工業という帝国主義的、軍国主義的な目的達成のために、運動・スポーツを手段とする一方的な身体と精神の鍛錬・教化をねらいとした。背景には、明治政府で文相を務めた森有礼の存在がある。彼は1879年に発表した「身体ノ能力」論で、教育が促進させつべき知識、徳義、身体の三能力のうち「我国人ノ最欠ク所ノモノハ、即身体ノ能力」であるとした。日本を国民国家とするためには、子供たちを近代的な身体技術を獲得した主体へと残らず調教されるべきと考えていたのだ。

体育の構成要素である教材、指導者などは全て国家目的のため統制され、教科の内容は、身体の鍛錬を直接の目的とする体操と軍事能力の養成をねらいとする教練が多数を占め、遊戯、スポーツは軽視された。兵式体操によって調教される児童の身体は、明治日本が創出しようとしていた国民国家の枠組みのなかに絶えず布置されていく必要があった。
本来、健康を目的とする体操や、自由と楽しさを本質とする遊戯、スポーツを手段として、わが国に伝統的な精神、徳育の育成を図ったこと、つまり、体育教材における和魂洋才的折衷は、体操、遊戯、スポーツ本来の姿を消失させ、「スポーツ=体育=精神教育」という考え方を導き、それを是認する態度を社会の間に育てたといえよう。明治期の教師には士族出身者が多かったことも拍車をかけた。士族出身者の精神構造にみられる内面的遅れは、文化受容における文化遅滞の1つといえる。

やがて、日清、日露戦争、第1次世界大戦、満州事変、支那事変、太平洋戦争を経験する過程で、兵式体操・教練の採用、軍人の学校派遣など軍部とのつながりを濃くした。

しかし終戦後の体育は、運動・スポーツの実施を通じて、民主主義社会の
形成に有為な成員の確保を基本的な目的とし、健康で有能な身体の育成、将来の運動生活に必要な運動技術の習得、及び民主社会にふさわしい社会的性格の育成などをねらいとしている。画一的な教授・教化ではなく、学習者の発達と興味を重視する自発的、自主的な学習を基調とする。

しかし、教育の民主化を建前と受け止め、実際の授業に関しては、旧体制と同じ方法、考え方で行なう指導者もみられた。体育の授業における教師による体罰、あるいは学校運動部などにおける教師、先輩、上級生などによるしごき、暴力事件の続発や封建的人間関係の残存などは、体育・スポーツの内面的な民主化の遅れを示すものといえよう。
戦前の縦型の人間関係や儒教的社会的性格は、戦前のスポーツ場面における態度や行動に影響を及ぼしたわけであるが、その伝統的なパターンが民主化の波をくぐって、戦後に近代遺制として持ち越され、今日の学校、地域社会、ひろくは世界の運動やスポーツの場で問題をなげかけ、物議をかもしだしている。

(『体育社会学』P159)
(『運動会と日本近代 第1章「ネーションの儀礼としての運動会」P21,22、26)
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運動集団の構造と機能
丹羽らは、運動部員のパーソナリティと密接に関連する構造という視点に立って、目標と規範の生成過程から構造化し、その構造化し、その構造に基づいて営まれる部自体の機能を問題にしている。

(以下引用)

まず運動部の目標に関しては、目標の内容(統一的か個別的か)、作られ方(部員の意志の反映の有無、決定権の所在など)そして個人の受け止め方(肯定あるいは否定など)を基準とし、他方、規範に対しては、練習の計画、キャプテンの選出、部則や部の約束ごと(それぞれについて、部員の意志の反映の有無、規範決定の方法、そして最終実権の所在など)を基準として、それぞれの生成過程を検討し、目標と規範の実質的な決定権の所在から、次の3構造型を抽出した。

すなわち第一の型は、決定権が部員以外の者(部長、監督、コーチ、伝統など)にある部員外型、第二は、少数の実力者(部員外者やキャプテン、マネージャー、上級生など)にある首脳者型、そして最後にそれが全部員にある部員型の3構造型である。

これら各構造型における機能を、部員結合の機能、部の目標成就の機能、そして両者の結合した機能の3つに分け検討し次のような結果を得た。


(以下要約)
それによると、部員外型運動部は、戦績からみた目標成就機能が非常に強く、また部員間の結合の性質は、下級生は上級生に対して、権力による命令ー服従関係を示し高圧的雰囲気である。
首脳型運動部は、戦績からみた目標成就機能が強く、また部員間の結合の性質は、下級生は上級生に対して権威による尊敬ー服従関係を示し温情的雰囲気である。
部員型運動部は、戦績からみた目標成就機能は普通で、また部員間の結合の性質は、下級生は上級生に対して、合意による親和的関係を示し親和的雰囲気である。

また、一般に、部員外型と首脳型の運動部では、強制の原理による権力構造を示し、上意下達の垂直的関係が特徴的であるのに対し、部員型の運動部では、協調の原理における民主的構造を示し、平等の水平的関係が特徴的である。

(『体育社会学』P111~112)
運動集団で評価される行動様式
運動集団では、体力や技能、勇気や機智が高く評価され賞賛または支持される。青少年の欲求のうち、社会的参加や社会的承認に対する欲求は特に強いので、集団活動に参加し、そこで適正に評価され、自己にふさわしい地位・役割を得るための努力を惜しまないのが普通である。集団の規範に従わない場合の制裁が特に厳しいので、多くの成員は規範に従おうとする。集団と自己の同一化傾向が強い場合には、自発的に同調行動をとるに違いない。

(『体育社会学』P90)
体育におけるパーソナリティ形成のモーメント
運動場面は、身体的・知的・情動的・社会的側面を同時に持つ全一的な人間行動の場であり、特に高度な体力や技能を要求される身体活動の場なのである。このため自己の能力の限界に直面する機会が極めて多い。自己の体力のなさや、意志の弱さ、不安や動揺、協調心の欠落など、自己の弱点や欠落をまざまざと見せ付けられる機会が多い。現状の肯定は許されない。

(『体育社会学』P89)
スポーツマンシップとフェアプレーの内面化
<スポーツマンシップ>
スポーツを行う人が守るべき行動の基準であり、感情の抑制、相手に対する思いやり、フェアプレーがその主な内容となる。単にスポーツの場でなく、社会生活全般に渡って遵守されることが要求される。

スポーツ宣言
1.スポーツマンは完全な忠誠を持って、ルールの条文と、その精神に従わなければならない。

2.スポーツマンは競技の前後、最中に渡って相手及び審判を尊重しなければならない。彼はどんな状況においても公衆に対し正しい態度を保持しなければならない。

3.スポーツマンは常に自制を保ち、自己の冷静さと尊厳を保持しなければならない。彼は勝利のために最善を尽くすが、敗北に伴う落胆を避け、勝利に伴う傲慢を避けうる。スポーツマンの最上の報酬は、努力から生み出される喜びと、充実している存在の感情である。

<フェアプレー>
スポーツマンシップの中核であり、競技における公明正大を意味する。フェアプレーは力と正義の理想的調和として、闘いに人間的質を与えるものといわれ、スポーツだけではなく全ての競争場面で遵守されることが要求される。

(フェアプレーに関するフランス委員会による)

1.フェアプレーは、相手が、スポーツの交流によって結びつく、ゲームにおける至上のパートナーであることを常に認識することである。

2.フェアプレーは以下によって示される自制の作法である。
ア:率直さと公明正大の精神
イ:勝敗にかかわらず相手を尊重すること
ウ:審判を尊重し協力を惜しまない確固とした精神
エ:みせびらかしでないスポーツマンシップ
オ:相手や公衆がフェアでないときのきっぱりした態度
カ:勝利における謙虚さと敗北における冷静さ

3.フェアプレーは暖かい人間関係を生み出すような、相手に対する寛容の精神である。


こういった規範すなわち協力的態度や公正さ、よいマナーなどの学習は、個人の次元においては、自覚的に、一定の条件下で力一杯の努力をするように促し、社会的次元では、より美しく、より明るい雰囲気を作り出すのに役立っているとみることができる。それはまた、激しい競争場面や繊細な活動場面ほど強く要請される行動様式である。




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