卒業論文作成メモ
卒業論文作成にあたり、参考文献の読書記録及びメモとして作成した。 卒論テーマは「体育会系人間の論理と行動様式」の予定。
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一下級将校の見た帝国陸軍
秦郁彦氏が第2次大戦のさまざまな謎をあげておられるが、その中に(中略)「陸軍は最後の最後まで学生を信頼せず、それを戦力として活用しようとはしなかった」ことがある。(中略)「インテリは兵隊に向かない」は、軍だけでなく、いわば全国民共通の認識で、日華事変の頃朝日新聞に「インテリ兵士は果たして弱いか?」といったテーマの記事がある。(中略)こういう記事が出ること自体、「インテリは兵士に向かず、学生は軍人に適さない」という常識があった証拠であろう。軍は最後の最後まで、学生を信用していなかった。しかし、延び切った戦線、消耗率の高い下級幹部の補充等等で、背に腹は代えられぬ状態になったのが昭和十七年だったのである。(P21)

訓練の原則は「馬を調教する」のと全く同じで、説明抜きで個々の実習を積み上げる方式であった。「当時の教育水準では兵隊を訓練するのに、それ以外に方法がない」という意見は、明治中期までは一理あったかもしれぬ。だが日本の教育水準はぐんぐん上昇しているのに、彼らはそれを無視し、それを自己の教育に活用しようとはしなかった(P25)

学生をあれほど信用しなかった軍が、実は学歴偏重主義で、幹部候補生の選抜基準は一に学歴なのである。
なぜこのような方式がとられたのか。その原因は戦場で最も多く消耗するのは下級将校、特に小隊長クラスだということである。階級別戦死比率を調べると、中国戦線では特に、下級将校の戦死率が非常に高い。下級指揮官を射殺して指揮の末端を混乱させるのは確かに有効な方法であり、従って狙撃の格好の標的となったためと思われる。
これへの有効な補充は、士官学校の卒業生を待っていては追いつかないし、また、将来の軍の幹部として養成したものが中・少尉で消耗しては、中堅幹部がなくなってしまう、という配慮もあったであろう。
(中略)だがそれは「学歴を基準とする選抜方式」を正当化はしない。
(P40)

私には連隊のすべてが、戦争に対処するよりも「組織自体の日常的必然」といったもので無目的に“自転”しているように見えた。
事実、この膨大な七十年近い歴史を持つ組織は、すべてが定型化されて固定し、牢固としてそれ自体で完結しており、あらゆることが規則ずくめで超保守的、それが無目標で機械的に日々の自転を繰り返し、それによって生ずる枠にはめられた日常の作業と生活の循環は、誰にも手がつけられないように見えた(P41~42)

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